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夏が過ぎ秋が来て、少年時代、宮城県色麻町

暑い暑いと言っているうちに秋が来ました。あと1ヶ月で稲刈りが始まり、終わると収穫祭の季節になります。

いつもの鳴瀬川へ行く時に通る県道沿いにある萱葺きの農家です。色麻町(しかままち)の広大な水田地帯の西部の集落にあります、威風堂々たるたたずまいで集落を代表する風景を作っています。しっかり現役で使われており、深い屋敷林を背に普通の家の3階建てに相当する大きな屋根、外に独立した風呂場は入母屋造りの瓦葺き、石造りの蔵などなど見事です。集落内には県立農業高校もありこのあたりが地区の中心だったようです。

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田舎で少年時代を過ごしたおじさんたちにはこんな夏の思い出があるかもしれません。

東京(都会)からいとこの女の子(だいたいかわいく見える)がお盆に泊まりにきた→ 張り切る、いいとこ見せたい → とは言っても田んぼしかない → では水路で魚とり。 

「おにいちゃん、この怪獣みたいなのなに、赤いの、こわいなあ」、 「こいつはザリガニだ、たんぼに穴開ける悪いやつだ」 「退治するぞ!」、 「わあ、おにいちゃんすごーい・・・・(瞳の中に星がふたつみっつ)」

 

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コメント

杜しまさん はじめてお邪魔します。
先程、全部拝見させていただきました。
多趣味で憧れる年齢の重ねかたをしていらっ
しゃいますね。
機会があれば釣りでもご一緒したいです!
当方、粗雑で無神経なブログですが今後とも宜しくお願いいたします。

投稿 紫親父 | 2007年8月29日 (水) 16時09分

紫親父さん、ご訪問ありがとうございます。 いろんな道楽をしながら馬齢を重ねてしまいました。あと少し、体が渓流の岩をえいやっと登れるうちに楽しみを深めたいと思っています。まだ枯れてる場合ではないと叱咤しております。
 ディープなお名前ですがなにか由来がおありですか。昔ディープパープルというバンドがありましたが。
 みちのくの秋の渓流は産卵前の魚いじめみたいで少々控えておりますが来シーズンにでもご一緒できれば嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします。

投稿 杜しま | 2007年8月29日 (水) 19時30分

杜しまさん、こんばんは!

茅葺屋根の家ですか。
田舎のほうに釣りに行くと、たいていは朽ちかけて放置されているか、納屋代わりに使われているぐらいですが、たまーに現役で使われている家がありますね。
最近、田舎のほうを車で走っていると、古ーい家がやたらと気になるようになりました。
現代の画一的な造りの家と比べて、昔の家ってよく見るとすごく凝っていますよね。
変なところに小さな窓が付けられていたり、2階建てなのか3階建てなのか、外からみるとよくわからないような造りだったり、すごく複雑に見えます。
ああいうのを見ると、家の中はどうなってるんだろう?と、確かめてみたくなります。
建築のことは全く疎いんですが、旧家のスゴイ造りを見たりすると、建築技術って進歩してるんだか退化してるんだかわからなくなります。

投稿 anago | 2007年8月30日 (木) 22時04分

 anagoさん
 早速ありがとうございました。
 農村風景に興味があるせいでどこへ行っても萱葺き屋根は気がつきます。けっこうまだみちのくには残っていますし維持されています。私は、民家画家といわれる方々が好んで崩れかけた屋根や廃屋を過剰な郷愁感を入れて描くのは嫌いです。そこで人が生きていなければ描きません。
 私の専門は造園学ですが、当然建築もあわせて理解しておく必要があるのでほんの少々の知識があります。日本建築の構造技術は実は飛鳥時代に完成されています。法隆寺を作った大工を越える木構造建築はありません。
 蛇足ですが日本庭園様式は江戸時代までで完成され終わっていると言っても過言ではありません。
 すみません、堅い話で。今日も「金麦」いきましたよ。

投稿 杜しま | 2007年8月30日 (木) 23時36分

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