宮城県金成町の古建築―2 金成町尋常高等小学校
前記事の教会の北へ100mほどのところにあり、前々記事の右の丘の上にあたります。明治43年の竣工ですがその後の調査によると明治20年に建てられたものの移設だったそうです。平成6年から町の歴史資料館として公開されています。間口13間、奥行き7間、約300㎡、高さ11,3mです。工事費は当時のお金で5500円とのことです、 今の貨幣価値なら数億円というところでしょう。いつまで現役だったのか資料がないのでわかりませんがそう昔のことではなさそうです、次回訪問の楽しみにしておきます。
玄関ポーチの唐破風(からはふ)づくりが当時の棟梁の気合とこだわりを感じさせます。
訪れた時間が夕方で、ちょうど管理人の方が鍵をかけて帰るところでした。
建物もたいしたものですが、校庭にあるケヤキの古木2本(絵の右2本)に驚きました。藩政期に郡代官所がおかれていた跡地でその敷地のケヤキです。根の上がり方から見ても300年以上はたっているでしょう。私が腰を下ろしているのはカエデの古木です。すぐ樹木に目が行くのは造園屋の習性ですね。
建物を描くのは緊張します、遠近法のごまかしがききません、F8の大きな紙でも軒の線が2mm違うと違和感が出てしまいます。何ヶ所か間違いました。
用紙はF8です。
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コメント
美しい校舎ですねぇ。
以前、仕事で登米町に行った時に、ついでに尋常小学校を見学したことがありますが、あそこも和洋折衷の凝った造りで感動した記憶があります。
私も小学校の低学年までは木造校舎でしたので木のぬくもりは実感としてあります。
みんなで一生懸命掃除して、廊下なんかいつもピカピカにしてたもんだなぁ・・。
投稿: anago | 2008年8月25日 (月) 21時13分
anagoさん、こんばんは。
ここは若柳金成ICから10分くらいのところにあります。
登米の小学校はここよりずっと規模が大きいです。登米は伊達の分家の殿様がいた城下町、こちらは郡代官所のまちですからおのずと人口も違っていたのでしょう。
現役木造校舎は仙台市内にひとつあります、とてもきれいな姿です。
投稿: 杜しま | 2008年8月25日 (月) 22時21分
ブログのスタイルは揺るがず、粛々と説明され、描き続けられる杜しまさん・尊敬です。
ここに覗うたび、几帳面な方だと感じながら、何気に絵画の中に人物を配置されるあたりカタブツだけじゃなく、シャレの部分もたっぷりお持ちかと・・
仙台・青葉区は、夫の親しい仕事仲間在の地です。で、私も同じ会社でしたので、そんな意味でも、みちのく風景スケッチは身近な存在です。
あ・今回は少々くどいコメントに・・
すみません・・
投稿: kayo | 2008年8月26日 (火) 11時04分
kayoさん、こんばんは。
スタイルはこれしか知らないので、はい。
几帳面なのは確かです、職業柄でもあります、図面をいい加減に描いたら現場は混乱しますもの。
ちと遊びを入れられるのは土木の中でも造園業という芸術的な余裕が認められる世界に生きていたせいでしょう。
仙台にご縁がありましたか、嬉しいです、キャリアウーマンでしたか。
投稿: 杜しま | 2008年8月26日 (火) 21時12分
杜しまさん、こんばんは。
『何箇所か間違いました』とのことですが、いつもながら素敵ですよ!
どの絵を見ても、広がりというか何というか・・・空間を感じます。
僕の通っていた中学校は、木造瓦屋根の1階建てでしたが、3年生のときに鉄筋コンクリート造の新校舎になりました。
懐かしい景色に、30年ほど前の記憶が蘇ります^^
投稿: しげ | 2008年8月26日 (火) 22時31分
しげさん、こんばんは、ありがとうございます。
間違い、例えば玄関ポーチのテラスのライン、左端の通用口が遠近法に合っていないのです。描いている時は夢中でできあがってから「あらー」です。
木造の学校の廊下や教室の雑巾掛け、嫌だったけれど大切な記憶ですね。
投稿: 杜しま | 2008年8月26日 (火) 22時59分