土木県令の遺構いまだ現役 山形 上山市 楢下宿
ここは、山形県上山市(かみのやま)楢下(ならげ)です。旧羽州街道が奥羽山脈を越える前の最後の宿です。修理保存されている民家や本陣もあり山あいの静かなまちです。この先に金山宿という間(あい)の宿はありますが本格的な宿場ではありません。
ここに明治9年に初代山形県令となった三島通庸(みしまみちつね)が建設命令をした石橋が二つ残っています。いまだに現役で車が通っています。
三島はまたの名を土木県令と呼ばれ、地域振興は道路による地域間物産交流であると考え、山形県、福島県において道路建設を進めました。荷馬車が通れる道を作れという計画で、農民を使役した強引な方法のため鬼県令の別名もありました。
遊びにきたらしい親子 「ねえ、おかあさん、つまんないよー帰ろうよ」、「おとうさんが写真撮ってるから終わったらね」。 たしかに小さい子には面白いところではないですね。
用紙はF8です。
| 固定リンク



コメント
石橋ですか・・すごいですね。
このようなのが2ツもあるなんて。
名所・町起こしにもなるかも~
我が家の井戸・・も石積みが。
深い深い井戸の石積みを見ると、すごいという言葉しか出てこないんですよ~
もう一つはセメントで塗ってるけど、大変な違いです。
投稿: kayo | 2008年11月15日 (土) 13時54分
kayoさん、こんばんは。
この石橋建設に駆りだされた農民の恨みもこもっていそうです。
石橋はこちらより西日本に多くあります、特に九州には大きなものがありますね。
アーチ構造は力学的必然からのものですがなかでも巨大なものはローマ時代の水道橋があります。
お宅の井戸も石積みですか、旧家なんですねえ。
投稿: 杜しま | 2008年11月15日 (土) 19時52分