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2008年12月11日 (木)

明治の近代港湾建設、夢の跡  宮城県東松島市 野蒜

前記事の対岸部に帰省中の長女と行きました。小さな公園が整備されていて小高いところに記念碑が建っています。

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宮城の中央部を横断する鳴瀬川と吉田川が河口部で合流しています。ここに明治11年から全国初の政府直轄の近代港湾建設事業が始まりました。河川部を内港、遠くに見える半島部から防波提をこちらに突き出しで外港を建設する壮大な事業でした。残念ながら開港2年後、明治17年の台風で壊滅的打撃を受け放棄されました。

詳しい経過は昨年9月の記事にUPしてあります。

今、当時の工事の遺産として残るのは3本の運河のみです。絵の中にある川から海へ突き出す2本の導流提(戦後修復)の下に当時のものが埋まっているそうです。ここから今でも小型漁船が出入りしています。

 漁船が走っているのは北上運河と呼ばれています。北上川とここを内水路で結び、さらに南下して松島湾、仙台城下の名取川、そしてさらに南下し阿武隈川を結びます。伊達政宗の命で安全な領内物資輸送水路として1600年ごろに南から開削を開始、中断期もあり結局全通完成したのが明治17年(1884)、約280年かかったことになります。

 向こう側の集落が野蒜新町(のびるしんまち)といいます。工事が行われていたころは「野蒜新町 竹箒いらぬ、若い娘の裾ではく」とはやされるほどの賑わいだったそうですが今は静かな集落です。

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以前描いた完成予想図再掲です。上の絵は内港と書いてあるところから見ています。以下2枚も再掲です。

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87 市街地跡に残る公園跡、当時使用された土を固めるローラーが展示されています。

唯一それらしい遺構はこの運河と赤レンガの橋脚です。

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 用紙はF8 ストラスモアです、いい紙です。

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コメント

こんばんわ。ひろしです。
線画が少ない時は、その分、彩色で緊張しますよね。お日様は、線なしで、白抜き周辺の着色だけ。「迷われた」といわれたのがよく分かります。前々回の河北町の夕日よりもさらに複雑ですし。後光のような夕日を受けた雲の感じがとてもよく出ていると思います。

投稿: ひろし | 2008年12月11日 (木) 21時23分

ひろしさん、ありがとうございます。
 夕日でいちばん力が入ったのは11月9日の海の夕日ですが、今回は季節が変わり弱い色になっているのをどう表現するか3日くらい線画を見ながら考えていました。
 結果つい少し色を重ねすぎてしまいました、ほんのひと刷けで、あっ!しまった、でした。
 実は白抜きに見えるところにもほんのすこし黄色が入っています、それが余計でした。

投稿: 杜しま | 2008年12月11日 (木) 22時06分

初コメントさせて頂きます。
すごくほっこり暖かい絵ですね~(^^)
人や何気にある小船がとても可愛らしいです♪これからも楽しみにしてます。

投稿: 山のハイジ♪ | 2008年12月12日 (金) 16時33分

山のハイジさん、ありがとうございます。
 これから冬でしばらくは色の少ない絵になってしまいますが、どうぞよろしくお願いいたします。
 描いてある長女は、「アルプスの少女ハイジ」を見て育ちました。

投稿: 杜しま | 2008年12月12日 (金) 17時04分

11月9日の鮮やかな夕日も美しいけれど 北上川もこちらも美しいです、ここにも季節の色があるんですね。
F8のストラスモア、使ったことあります、
高級紙でしたがそれだけのものはありますね。

投稿: エミ | 2008年12月12日 (金) 22時34分

エミさん、こんばんは。
 わずかな時間で秋の夕日の紅色と冬のの白っぽい夕日とずいぶん違ってきますね。
 機会がありましたらここを訪れてみてください、宮城では明治以来最大の国家プロジェクトの夢の跡です。 
 ストラスモアはきめが粗いのが私にとっては難点ですがいくら塗り重ねても反りのないのがすごいです。銀座の老舗いとうやでもメインでした。

投稿: 杜しま | 2008年12月12日 (金) 23時14分

杜しまさんの絵は、絵だけでなく、
地域を理解し、かつ大切におもっているから、
それが、絵に表れるのだと。

いつも、絵のみならず、文章でもそのように感じました。

ハガキ、たくさん売れて、わたしも嬉しいです!!

サッカーにサポーターがいるように、
絵にもファンができると、余計励む気持ちが大きくなりますね。

投稿: setuko | 2008年12月13日 (土) 00時36分

setukoさん、こんにちは。
 ありがとうございます、そうですね、描きたいなと思う風景はそこに人が重ねた時間の奥行きがあります。
 はがきを買ってくださる方は大部分が中高年のご婦人です、そのため売れ筋は花のあるものや紅葉のように色がきれいなものにかたよります。自分としては、うー、というところでもあります。
 たぶんこの夕日はほかの夕日と同じく売れないでしょうがそれとはまた別ですね。

投稿: 杜しま | 2008年12月13日 (土) 11時51分

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