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2013年11月25日 (月)

苦闘の道、押角(おしかど)峠  宮古市押角 

 

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 大正期を中心にこの地方で生きた女流歌人の西塔幸子が昭和2年3月に転勤で改修前のこの峠を越えた際の歌があります。 

 九十九(つづら)折る山路を越えて乗る馬の
 
   ゆきなづみつつ日は暮れにけり

 

 国道340号を南へ、岩泉町と宮古市(旧新里村)の境の押角峠を越え眺望が開けたところに車を停められるわずかなスペースがありました。道路脇の茂みの中に道路改修の記録碑と山ノ神さまがありました、昭和5年、改修というより固い岩盤を切り通す新道開削に近い難工事の歴史を伝えていました。近くのトンネルが昭和10年の開通なので少なくとも5年の時をかけて人力だけの施工です。その道が今も現役です。

 足元200m下には旧国鉄が作った押角トンネル(約3000m)が抜けていて2年前まで列車が絵の谷間を通り岩泉-茂市間を通っていました。 かつて軍需用の鉱山があり昭和初期からその輸送のための鉄道建設が行われました。しかし廃線となりそのトンネルを利用して道路にする計画が決まり近いうちに工事が始まるとのことです、新道ができればこの道は閉鎖されるでしょうからこの風景もあと何年後かには見ることができなくなるでしょう。

 Dsc_0196 わがトマト号がんばっています、軽より50cm短いけれど重さは同じ、排気量、パワーは倍ですから元気です。こういう道は得意です。

 用紙はミューズのブルーフォンセF6、絵具はホルベイン・ガッシュを日本画用のニカワで溶いています。透明水彩で得られない濃厚な秋色がだせました。

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コメント

おはようございます。来ると思っていた押角峠。先日行った際は、宮古側の出口の写真を撮ってきました。「工定組」は現在岩泉町の横屋建設の前身だと思います。そこの娘さんが、100年以上たつ蔵を使って「てどの蔵」(ネット参照)を運営しています。私の絵も何点か置かせてもらっています。
お書きの鉱山は、近所です。ご先祖様が、鉱山の土地買い上げで、助かった話を聞いています。
 どこかでトマト号とすれ違うような気がします。私は黒です、少し暴走気味です。

投稿: 哲 | 2013年11月27日 (水) 04時28分

哲さん、ご教示ありがとうございます。
 峠を下ったところに空き地があったので車を停めたら踏切がありました。境の上踏切と描いてあり峠方向にトンネルの坑口が見えました。それでしょうか。
 実際の風景は写真のような明るい彩りでしたが自分の印象をこめました。
 工定組はまだ続いているのですね、標柱の配下・・の表記に時代を感じたり微笑が出たりしました。

投稿: 杜しま | 2013年11月27日 (水) 09時09分

未確認ですが、私は押角トンネルの出口だと思っています。同じ所に停車したのですね。廃止後は、トンネルを二車線に広くし、道路として活用する計画があるようです。

投稿: 哲 | 2013年11月27日 (水) 10時32分

哲さん、ありがとうございます。
 峠を下ってほっとするポイントですね、地形から見てそうでしょう。そのうち5万分の1の地図で確認します。踏切の先に狭いけれど荒れていない道がありました、たぶん行き止まりでしょうが前乗っていたスバルなら行っちゃうところです。
 いずれ和井内まで2車線の道ができるでしょうがこの先の一軒家(じつは沢の対岸にもう1軒、これは無住ですがありましたので以前は2軒家)は移転でしょうね。
 お知らせいただいたてどの蔵確認しました。

投稿: 杜しま | 2013年11月27日 (水) 14時27分

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