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2014年7月

2014年7月30日 (水)

おくのほそ道 山刀伐峠越え  山形県最上町

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 元禄2年5月17日(旧暦)、一夜の宿を提供してくれ加えて護衛の若者まで手配してくれた有路家を出立しおくのほそ道の中で命がけ、最大の難所と書かれている山刀伐(なたぎり)峠越えです。とはいっても実際の山刀伐峠は盗賊などの出没は別としてそれほどの高さ(470m)や険しさではありません。
 芭蕉はここを越えれば太平洋側から日本海側へ舞台が移る切り替えのヤマ場として紀行文を仕上げたという研究者の推論があります。たぶんそうでしょう。


 Dsc_5914 現在も街道跡はおくのほそ道旧蹟のうちでもよく残されていて往時をしのぶことができます。

 用紙は小さいSMで、絵具はW&Nです。

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2014年7月27日 (日)

おくのほそ道夏近し 山形県最上町松根

ここを訪れてからもう1か月余りたちました。

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前々記事の封人の家の背後地の集落です。国道を思いつきで右折して少し行くと川を挟んで二つの小さな集落がありました。小国カルデラと呼ばれる広い盆地状の地形のなかに点々とある集落のひとつです。道は山にぶつかって行き止まりです。

小学校に入る前後2年間をおなじ最上町の向町というところで暮らしていて毎日が釣りキチ三平そのままでした、小国川のいくつかの支流沿いに同じような集落があり山と川が作るおだやかでなつかしい風景が好きです。

用紙はWワトソンF6、絵具はターナーです。

 

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2014年7月24日 (木)

おくのほそ道笹森関 巨大な家 山形県最上町笹森

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 前記事の堺田の次の集落笹森です。国道47号に沿って大きな家があります。近づくとその存在感に圧倒されます、隣家と比べるとその大きさは際立ちます。
 一度訪れて撮った写真から描きはじめましたが屋根が瓦だと思っていたのが寸法から見てそうでなさそうなのです、で再度確認に訪れました(往復150km)。
 屋根材は瓦屋根ふうのリブをつけたカラー鋼板でした、とてもうまくできています。これが本瓦だったらその自重と冬の積雪重量でもたないでしょう。
 旧出羽街道は右下からの細い道です。この家の前の現国道47号が玄関ぎりぎりをかすめていますが前記事の封人の家のように昔はもっと大きな玄関や庭があったはずです、国道改良の際に削られたのでしょう。
 堺田と同様ここにも番所がありました、と言ってもたぶん監視所くらいの機能だったのでしょう。この巨大屋は関守を務めた村の肝煎りの家のようです。 芭蕉主従は地元の案内人つきですからなんなく通過したようです。遠景の山なみの中に難所山刀伐峠があります。

 用紙はミューズタッチ・ランドスケープ57×28cm、絵具はターナーです。

 

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2014年7月20日 (日)

おくのほそ道 封人の家出立の朝 山形県最上町堺田

“蚤虱馬の尿する枕もと”

 の句が生まれた封人(関守役)有路家です。今も往時の姿をきちんと伝えています。実際には中座敷に通され泊まっているわけで馬屋で寝かされたわけではないです。有路家にとってははなはだ不満のあるところでしょう。次の日に案内兼護衛の若者をつけてくれるなどきちんとした対応をしてくれています。
 今残るのは母屋のみで往時は周囲に風呂場、トイレ、納屋、井戸、作業小屋等々の付属建物があったはずですが分からないので描きませんでした。
 

 

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 元禄2516日の朝、困窮の夜に一夜の宿を供してくれた有路家を出立する芭蕉主従のイメージです。“おくのほそ道”では2日間雨に降りこまれて3日後に出立したとありますが随行の曽良の日記には好天とあります、芭蕉一流の脚色です。この後は山刀伐峠を越えてファンの豪商のいる尾花沢へ向かいます。この後で蕉風俳句の頂点と言われる名句が生み出されていきます。

  用紙はストラスモアF8、絵具はホルベインです。ホルベイン、とてもリーズナブルでありながらすっきりした発色ですが輸入品の押し出しの強さには負けるようです。「お前の使い方が悪いんだ」と言われるかもしれませんが素直な印象です。

  ここ堺田は地形的に珍しいところです、太平洋(北上川)と日本海(最上川)の分水嶺になっています。ふつうは山の尾根など分かりやすいところにあるのですがここは盆地の中の平らなところにあります。

Dsc_6219

 

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2014年7月17日 (木)

おくのほそ道 鳴子の湯を見やりて尿前の関を出る 大崎市鳴子温泉

前記事の尿前の関の仙台藩側から出たところから振り返ります。山形側から来ると入口になります。戸数は数えませんでしたが数軒で関守の素封家遊佐家の子孫の方もおられるそうです。
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 ここから急な登り道と沢渡りを繰り返して藩境の中山宿に至ります。この日の関所での長い足止めの後に芭蕉主従は途中夜間行軍の末に山形の堺田で民家にころがりこんで泊めてもらっています。そこはここから10kmあります、日の長い6月とはいえたいした健脚です。隠密説があるのもうなずけます。
 
 ここからは旧街道がよく保存されています。
14 さあ、出羽街道中山越えへ


用紙はワトソンF2、絵具は水彩色鉛筆の英ダーヴェントです。水彩色鉛筆は色が濃くならないので杉木立は水彩絵具で補強しました。

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2014年7月14日 (月)

おくのほそ道 尿前の関 大崎市鳴子温泉

仙台藩と出羽の藩境は5kmほど先、急勾配や沢越えの山道を越えて行きます。ここ尿前(しとまえ)の関は重要な関所で仙台藩では厳しい警戒がなされていました。
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 おくのほそ道のハイライト部分は荒雄川を渡ってすぐのここで隠密の疑いをもたれたらしく足止めをくい出羽へ超えるのが遅くなったあたりからはじまります。 

 地元の素封家と岩出山藩の役人が関所を守っていて10戸ほどの小集落になっていたそうです。現在も数軒の家がありその中にその子孫の方もおられるとのことです。
 
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 現地に復元図がありました、でも方向が分からず現在の地形と合わせることができませんが、関所の中央部の大きな屋敷が素封家の家で検問所も兼ねています。その大きな家をイメージさせる家が一軒ありました。

 絵の視点の背後は街道の痕跡も消え国道108号のバイパス工事が盛んに行われていて昔の雰囲気をしのぶことはできませんが、ここから西方向(山形方向)中山越えはしっかり保存されています。

 用紙はランプライトF6相当、絵具はレンブラントです。

 

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2014年7月11日 (金)

 ひたすらに緑の野山  宮城県大衡村

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 1か月時間をさかのぼります、仙台市の北、ふたつとなりの大衡村の高台から船形山山系をながめています。広大なすそ野に1軒の家も見えないふしぎな風景です。なぜかというと山麓部がほとんど自衛隊の実弾演習地であるためです。時々アメリカの海兵隊もやってきますが周辺の国際情勢がなにやら危うい今では必要性を感じてしまいます。

 

 用紙はアルシュ細目56×37cm、中判のシートを二つ割しています。絵具はシュミンケですがこれほど使用色数の少ないのは初めてです。空もきれいに塗れてさすがアルシュいい紙です。

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2014年7月 9日 (水)

おくのほそ道 鳴子の湯を見やりて  大崎市鳴子温泉

 おくのほそ道 “なるごの湯より尿前の関にかかりて、出羽の国へ超えんとす”
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 元禄2年5月15日芭蕉主従は岩出山に一泊ののち鳴子温泉の湯けむりを荒雄川の対岸に見て藩境の関所に向かいます。荒雄川左岸のこの旧出羽街道は部分的に新しい2車線の道になっていますが通る車も少なく当時の雰囲気を感じさせてくれる風景があります。めざす尿前(しとまえ)の関は中央遠景の花渕山のすそ部にあります。

  かなりの年月を経たであろう老杉の下にいくつかの古碑がありました、旧街道のころは一里塚があったのではないかと想像します。いずれもお墓ではなく馬頭観音などの信仰によるものです。きちんと並んでいるのは道路改良の際にまとめられたようです。

  この旧出羽街道は鳴子温泉のまち部に入ると消えてしまいますが荒雄川を越えて(今は迂回が必要)尿前の関からはよく保存されています。芭蕉主従は渡し船で関所へ向かいました。

 
 
 用紙はウオーターフォードF6、絵具はターナーです。350年前の芭蕉のイメージと今がごっちゃになっていますがそこは絵の楽しさです。

 

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2014年7月 6日 (日)

雨あがり  宮城県川崎町

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 これから路傍の花のカンゾウが咲きます、田んぼの畔みちや斜面に一重のノカンゾウや八重のヤブカンゾウが鮮やかなオレンジ色で目を楽しませてくれます。いいなあと思って切って帰ってもその夜にはしぼみます、一夜花です。

 用紙はウオーターフォードF6、絵具はW&Nです。

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