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2017年9月

2017年9月27日 (水)

越後・米沢街道手ノ子宿の名残り   山形県飯豊町手ノ子

 
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 前記事の旅籠から東へ200mくらいのところに宿場の名残りを感じさせる1軒家がありました。往時にはたぶん旅籠だったのでしょう。そばにJR米坂線が通り自家用みたいな小さな踏切があります。標識には幅2mとありましたから通れるのは小さなトラクターや田植え機などでしょう、もしかすると慣れた地元人が軽トラですいっと抜けているのかもしれません。


 用紙はキャンソン・ムーラン・ドロア45×30cm.。絵具はシュミンケです、1年くらい使わずにいたら案の定いくつかのチューブが固まりかけていました、小さいチューブひとつ平均1500円もする高価な絵具なのでこれはいかん、せっせと使わなければ・・・です。

 

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2017年9月21日 (木)

越後・米沢街道手ノ子宿  山形県飯豊町手ノ子

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 お盆の新潟市からの帰路、JR米坂線手ノ子駅近くの宇津トンネルを出てすぐ”花の越後街道”と書かれた看板を見たので急ブレーキ急ハンドルで左折しました。
 新潟側からは「米沢街道」山形側からは「越後街道」と呼ばれます。
 急な下り坂のカーブを曲がった途端に大きな家が目に飛び込んできました。たぶん宿場の出入り口の見張り役も兼ねていたのでしょう。母屋は柱間から見て横25mくらいです。
 これはただものではないぞと感じて帰宅後に文献を調べたら古い旅籠であることがわかりました。昭和8年の鉄道開通まで営業していたとのことです。1998年発行の文献には茅葺屋根の写真がのっていました。建物は屋根も葺き替えられ生活感がありました。
 ここから西へ街道に13ある峠の中でもっとも厳しい宇津峠を越えて前々記事の沼沢宿に至ります。
 明治初期に県令三島通傭の命令で新道が開削されましたがこの峠だけは荷車が通れず分解して背負い上げてまた組み立てて越したそうです。三島の新道建設の基本は荷車を通すことでしたが宇津峠だけは豪雪もありだめだったようです。ということは江戸時代の街道物流は牛馬の背中か徒歩だったわけです。
 三島県令は山形・福島・栃木で鬼県令と言われつつ住民を使役し新道建設を進めました、それは今の国道13号、48号、47号などの礎となりました。その業績は明治初期の画家高橋由一が石版画や油彩画で記録しています。


 用紙はヴィファールF8、絵具はレンブラントです。

 

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2017年9月17日 (日)

今日の幸運  95歳の貼り絵画家さんとのふれあい

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 今日はiいつものオーデイオ店での高音質CDの試聴会、1枚通常の倍額、最高額は113万円!!なんだなんだ??でしたが結局聴きなれた我が家のシステムで聴く普通の音源で十分だということがわかりました。
 終わって仙台駅前をうろうろしていたら画友とばったり、「やあ、今そこの丸善のギャラリーでこの人の展示会をやってるよ、君の感性とぴったりだと思うから行ってごらん、しかも画集を買うとサインしてくれる、今日の4時までだよ」。
 で、さっそく訪れました。
 鎌倉在住の内田正泰さんという貼り絵画家の方でなんと95歳、しかし細身ながら背筋がピンとのび、お話をされながらてきぱきと作業をしておられました。ということは私は節制すればまだ20年以上もやれるんだなと元気をいただきました。

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 展示されている作品をひとめ見て気に入り原画は買えないけれど画集(3000円)を2冊もとめてサインをお願いしました。
 そこからが驚きでした、まずお客の名を筆がきし自分のサインをペンでいれその字のバランスを見ながら季節の落ち葉の切り絵を何枚も指に糊をつけながら貼りこんで下さいます、ひとつ終えるのに乾燥時間も入れて15分。

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 たまたまお客さんが切れていたのでお話もできました。ちょうど持っていた来月の私の個展のDMをお見せしたら「おう、私より構図とりがうまいねえ」なんてよいしょもされてしまいました。鎌倉あたりの方はひとことがあかぬけてますねえ。2年前に鎌倉に個人美術館も作られたとのことで折があればぜひ訪れたいところです。
 この画集は思い出とともに私の宝物になります。普通は原画を買ってくれた人へのサービス行為なのにまあなんて気さくな!見習わなければなりません。

 

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2017年9月13日 (水)

日本一の豪雪地の夏  山形県小国町沼沢

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 JR米坂線の羽前沼沢駅とその駅前です、前記事の伊佐領駅のひとつ東です。昭和8年にできました。
 旧越後米沢街道に沿っています、沼沢宿らしき集落は500mほど東にあります。鉄道が通り新しいまちができたようです。左にはもう10戸くらいの家がならんでいて盛んな頃がしのばれました。
 古い写真をみると駅前の店には「積雪日本一の・・」という看板がありました。夏はそのようなことを感じさせない普通の山里の風景を見せてくれます。
 絵の中央には旅館の廃墟が残っていて大和屋という屋号看板がありました。隣駅の伊佐領と同じく林業が盛んな頃には買い付けやここから鉄道で発送する仕事人の定宿だったそうです。
 盛期は島式のホームやこ線橋、貨物線もありその跡も一部見えます。
 ここから越後方面は3つの峠を越えて次の宿場に至ります。

 

 用紙はミューズ・ランドスケープ46×28cm、絵具はクサカベです。

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2017年9月 7日 (木)

山里の晩夏  山形県小国町伊佐領

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 お盆の時期に新潟市へ行く用事がありましたが混雑高速で行くのも味がない、そこで旧越後・米沢街道に沿って走ることにしました。
 JR米坂線に沿う国道113号です。数えきれないトンネルと橋を通ります。ところどころで旧街道、宿場、遺構を見ることができました。
 その中でも一番山深い感じがした伊佐領(いさりょう)という小集落です。
 旧街道からはひと山外れていますがJR米坂線の駅があります。かつては独立した村で立派な小学校(最近廃校)もありました。歴史を調べるとかなり古く中世にさかのぼり、伊佐氏という豪族が支配していたので伊佐領、伊達政宗の祖先が伊達姓になる前は伊佐氏を名乗っていたので関係があるという説もあります。
 耕地少ない山里ですが林業が盛んなころは相当に賑わったようです。駅には貨物扱い専用の引き込み線や除雪車の退避線もあったとのことです。駅前は大型トラックも通れる広い道があり両側には仕事人の旅館だったと思われる3階建てやもと駅前みせやなどがあります。

3  駅はログハウス風のかわいい駅舎で鉄道駅マニアには人気があるそうです。1日の乗降者は10人前後とのことです。

 

 用紙はウオーターフォードF6、絵具はレンブラントです。

 

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2017年9月 2日 (土)

越後平野は豊か  新潟県村上市荒川

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 お盆のさなかに急な余事で新潟市へ行きました、交通機関が混雑しているので久しぶりの長距離ドライブをしました、国道113号経由です。
 やませの吹く宮城、雨の山形を通り県境の峠を越えて新潟へ、越後平野の北端に入った途端そこは真夏でした。豊かなみのりの田んぼが見渡す限り広がっていました。しかも点在する農家は規模大きく屋根は瓦葺のグレーにそろい美しい風景を作っています。

 この豊かさが上杉謙信率いる越後勢の強さの源だったんだろうなと感じる風景でした。


 用紙はミューズ・ランドスケープ紙を45×15cmにカット、絵具はクサカベです。


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