古代官道の里 名取市愛島(めでしま)
仙台市の南隣に名取市があります。ここの西側に連なる丘陵の裾に沿って古代律令国家の時代から開かれた街道があります。蝦夷との抗争(平和に暮らしていた蝦夷からみれば勝手に押し込んできて従え!金を出せ!)の軍道の機能を持った幹線国道いわゆる官道です。その名は東山道(とうさんどう)といいます、正確な位置。規模の遺構は出ていませんがこのあたりだろうとされています。
その後平泉王国が成立した頃には奥大道(おくだいどう)と呼ばれる幹線道となり宿駅もでき交易の道としてにぎわいました。その後江戸期に少しルートを変えて奥州街道となり現代までつながっていくことになります。その起点は江戸ではなく福島県白河市です。
この近くに、平安時代の歌仙のひとり藤原実方朝臣(実方中将)の墓と伝えられる史跡があります。左遷されての下り旅の途中、998年にここで落馬して亡くなった、原因は近くの道祖神(現存)に無礼を働きその報いであると伝えられています、その歴史を追って後の西行法師や芭蕉も訪れたところです。
里の紅葉も赤茶色に変わりました。落葉までのほんの少しの間の名残の色です。この風景を見ている背後では新幹線がぶっとんで行きます。千年前と今との不思議な対比です。
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用紙はF6、絵具はラウニーです。
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